今年二本目のナスを収穫した。
もう少し良いペースで出来ても良い様なものだけど、ワシの家の庭はもう一つ菜園向きで無い。
オマケの長雨で、病気が出てるみたいだ。
一本目は糠漬けにしたが、漬物には向かなかったみたいで、イマイチでした。
コイツは焼きナスで食べよう。

人に何か教えてやろうなどと、尊大な人間でも無いのだが、経験、技術の継承と言うのが出来なくなった。 金太郎パパの
「父の日記」など見てると、本来の人の生活は、もっとつつましく、勤勉で手仕事に支えられたものである様だ。
その種の生活の技術は文章などでは無く、生身の人間から人間に受け継がれるものだが、ワシ等はいつの間にか、そういう伝承の技をどこかに捨ててしまった。
燃料が高騰して、生活が圧迫されてくると、どうやら燃やした者勝ちの消費拡大型の生活様式の限界を見た様な気がしてくる。
だからと言って車を捨てる事は不可能だ。
ジョン・シーモアの本なんか読んでると、イギリスの農村の暮らし方に憧れたりするが、テレビだって観たいし、パソコンもやりたいじゃないか・・・
新しい考えが必要な感じがしますね。
今は失ってしまったけれど、取り戻さないといけない技術は沢山ある筈だと思う。
何を捨てて、何を得るのか、本能のまま、感覚のままに生きるのは危ないんじゃないか?
このような石垣の素材をフリーストーンと言うのか? 仕上がりが非常に綺麗だ。
土木に明るく無いので判らんが、こういう石垣を見ると、ジョン・シーモアを思い出す。
そして密かに危惧して居るのだが、ひょっとしたら、ワシ等の先祖達が持っていた優れた技術の中には、その存在さえ消えてしまったものが有るのではないか?と、言う事。
生活の基本でさえ、外国の本が頼りだとしたら、ワシ等が捨てたものは大き過ぎる。

ワシの書く記事が面白く無いのだろうが、読みに来て呉れる人が劇的に減っている。
だからと言ってワシの生活が面白く無いかと言えばそうでも無い。
淡々粛々と面白く過ごしてる。
この犬と一緒に・・・

どうやらサクラはワシの鏡の様だ。
とことん自分の好きにするらしい。

犬なんだから可愛がるだけじゃ駄目なんだけど、この子は本当に可愛いなぁと思う。
今でも つい、リンリンに、「この子可愛いくない?」と言ってしまう事も多い。

夕方は犬なんか連れてとぼけた男に見えるだろうが、内部的には結構面倒臭い事ばかり考えて居る。
しかし、心配には及ばん。
可愛い犬達に囲まれて楽しく暮してるのも事実だ。

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久し振りにサイモンとガーファンクルを聞きたくなって捜したけど、とても意外な事に持って無い事が判った。 レコードでは持って無い筈だから、カセットテープで聞いて居たのかな?
ああ、メタルテープとか懐かしい。 チャーリー・パーカーとか、絶対メタルじゃなきゃ入れないと思って居たなぁ・・・あと、ジャクソン・ブラウンとかも。
どんだけ古い人間なんだろう。 解る人って何人もは居ないでしょうね。