ジャックラッセルテリア サクラと、 なんちゃって黒ラブ ワーブ  何だか迷惑掛けてます。

だいじょうぶだよ、サクラ。

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時間の迷路に入ってしまった人。

  1. 2010/12/24(金) 04:38:35|
  2. 雑記、まさに分類不可
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  4. | コメント:3
半ズボンおじさんの事。

僕は幼稚園に入る前に神奈川の相武台から長崎県大村市の山の中に越して来たのだけど、当時その場所は、それはそれは田舎で寂しい所でした。 水道もない状況で、僕の家が建つという事で初めてその地域で、家から70メートル程離れた所にポンプ小屋が建ったくらいです。

海抜60メートル程の低山で、その地域の他の家は全て農家でしたが、それも片手で数えられる数で、僕の家からは同じ集落でも他の家は見えない状況の寂しい場所でした。その代わり夜は大村市内の夜景がとても綺麗に見える場所ではありましたが・・・

家から山の麓の集落までの間には、杉林、梅林、桑畑、野菜畑、そして水田が散在して居りました。
ひと気のない寂しい場所ではありましたが、それらの畑に出入りする農家の人とは学校の行き帰りでは毎日という訳ではないけれど、会う様な状況でした。

その数少ない出会う人の中に真冬でも半ズボンを履いた坊主頭のおじさんが居ました。歳の頃は50歳くらいか、 時々会うそのおじさんはいつも早足で、クワを担いだり、バケツを提げたりしながらなにかせかせかした感じで歩いていました。

僕は、そのおじさんとすれ違う度に「こんにちは」とか「おはようございます」とか挨拶をしましたが、只の一度も返事が返って来た事はありませんでした。 今では信じられないでしょうけど、それは別にその当時は珍しい事ではなく、閉鎖的な大村の農村では当たり前の事で、土地の人に普通に挨拶を交わして貰うには数年単位の時間が必要でした。


さて、7~8年前の事ですが、久しぶりに徒歩で実家までの坂道を歩いて登って居りました。
恐らくは実際歩くのは20数年振りで、その道はすっかり様変わりで綺麗な家が道路際まで立ち並んでいます。
何年経っても変るものかと思っていた寂しい風景でしたが、今は夢の様です。

昔の痕跡を探しながら歩きますが、本当に全て変ってしまいました。せめて知った顔でも歩いていないかと探しますが、皆さん年老いて居なくなったのでしょうか。 新しく入って来た人ばかりで顔を知ってる人には一人も出会いません。 「凄いなぁ、山の中が街になっちゃった・・・」 タバコの自販機まであるよ。



昔、桑畑があった場所で、学校の帰りに甘い桑の実を食べたなぁ、あれを食うと口の中がムラサキ色になったものだと感慨深く思って居りますと、坂の上からせかせかとあの半ズボンおじさんが歩いて来ます。  

え?え? 懐かしいのだけど、おかしいです。
半ズボンおじさんがとても奇妙だという事にその時初めて気が付きました。

考えてみると僕がおじさんに初めて会った時は幼稚園の頃で、幼稚園生が思う50歳くらいのおじさんのイメージは怪しいのだけれど、それでも自分の父親よりは上の年齢には見えて居ました。高校に行くまでおじさんはずっと同じ格好で、ずっとせかせかしてて、やっぱり50歳くらいに見えました。 あのおじさんはずっと変らんなぁ・・・くらいに思って居ました。

そして、20数年経って僕自身がどこから見てもおじさんになった今でも、半ズボンおじさんは50歳くらいのままでせかせかして目の前を歩いて来るのです。  あの日のままの半ズボンで、寸分違わぬ姿です。

呆気にとられる僕の横2~3メートルの距離ですれ違いますが、どう見ても間違え様のないあの半ズボンおじさんでした。一瞬目が合うと、半ズボンおじさんは僕だと解っている目をしました。少年の頃とはすっかり変ってしまった僕が解っている様です。 挨拶の言葉が出ませんでした。混乱だけが頭を巡りました。半ズボンおじさんは小走りくらいのスピードで離れて行きます。  このギギギと音が頭の中で響く様な違和感はどうした事だと、半ズボンおじさんの後ろ姿を見送って居りますと、ヒョイと左側の小道に曲がって見えなくなりました。

アカ道というのをご存知でしょうか?農家の人が農作業に使う共用の道なのですが、土地の人間じゃないと何処に続くものやら解らないので、ああ、あそこを歩いているなら、どこどこの家の何さんだろうと、遠目からみても推測できる様な特殊な道です。

半ズボンおじさんが曲がった小道は確かにその昔、赤道があった場所でした。


不思議で仕様がないのでその後実家で母に半ズボンおじさんの事を尋ねると、そういう人もいた様な気がするという事でした。名前は?と聞いてみましたが、解らないという事です。

帰り道、半ズボンおじさんが曲がった小道を降りて見ました。
少し入ると住宅はすぐになくなって、意外な事に杉林が残って居ました。そして、小さな畑が少し。
小道は此処で切れて居ました。 僕の記憶では、下の集落まで行けた筈だけど・・・

諦めて引き返そうとすると、小さな畑の向こうの藪に屋根が見えました。
藪を掻き分けて確めると、そこには小さな廃屋がありました。



クリスマスですね。 クリスマスといえばサンタクロースなんだけど、サンタクロースは僕が子供の頃からずっと姿を変えませんよね。 サンタクロースは実在するんじゃなかろかと思ってます。

時々ですね、時間経過が関係ない存在っているみたいですよ。
それが本当に人なんだかはよく解らないのですけど。
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  1. 2010/12/24(金) 18:46:50 |
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  1. 2010/12/24(金) 18:57:11 |
  2. |
  3. [ 編集 ]
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管理人のみさんへ。

  1. 2010/12/24(金) 23:07:54 |
  2. URL |
  3. ボズ
  4. [ 編集 ]
時間とは何なのかさえ明快な答えはありませんね。 
私達が暮らす世界はかなりマクロ的で狭い気がしますが、どうでしょうか・・・例えば犬や猫の感じる時間を想像するだけで違う世界が見えて来ませんか? 私達は感じる事ができるし、想像する事が出来ますね。
これが大事だと思います。

僕は非科学的な事は大嫌いですが、心惹かれもします。 それは人間の本性だと思いますよ。 割り切れる事ばかりではないというか、割り切れない事ばかりだから、この世界は決まり事が多い訳で、こんな決まり事ばかり追うのは人間だけですね。 その辺の窮屈さをカバーするのは優しさと想像と感受性だと思いますし、それが大事なのは今なんだと最近強く思いますね。

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